友達の子供さんに、北欧ノルェーでプロのバレリーナをしているお嬢さんがいます。
写真をのせたいのですが、許可をもらっていませんので次回にします。

オムツをしている頃から知っているお嬢さんなのです。 幼稚園の時からバレーが大好きで、何よりも優先して来ました。 高校途中でオランダにバレー留学し、今はプロとして踊っています。

自分でオーディションのテープを送り、手続きもほとんど自分達(母親が英語はヘルプ)でやり、紆余曲折を経て今日に至っています。まだ、22歳です。

母親曰く、「英語もほとんどわからない状態だった娘が、今ではヨーロッパ諸国やアメリカまで、一人で飛び回るようになり、フランスの○空港は、今は乗り換えが大変だから。 と、日本から行こうとする母親にアドヴァイスをするようになった。 国際電話も時々英会話になるらしく、母親のほうがついていけない時がある。」・・と。
娘が自分を超えた瞬間ですね。


日本を離れて4,5年でどれだけ生きた勉強をしたのだろう。苦労もたくさんあったと思います。でも、大好きなバレーがあったから頑張れたのでしょう。自分が本当にやりたい事を見つけ、それをじっと見守ってくれる親がいること。  真の教育ではないでしょうか・・・。

身近にいい話があって、私も楽しんでいます。

野菊咲く、畦径(あぜみち)が好き、空が好き。
父の俳句です。葬儀の時に俳句仲間の方が、弔句として、詠んで下さいました。

詩吟の仲間も涙を流しながら、弔吟をして頂きました。

趣味の多かった父は逝ってしまいました。10月25日午前0時54分。享年87歳。
最後は妹と二人で看取る事ができました。
静かに眠るように、人生の幕を閉じました。

お疲れ様でした。 そして、ありがとう・・・・・。です。

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造成地の住宅建設が始まりました。何軒建つのか知りませんが、トラックが自宅の真裏を走り始めました。待ってましたといわんばかりに・・・。許可が下りて市道になったからです。

昨日は6時間くらいの間、30分間隔で行ったり来たりしました。 結構スピードを出していくので、たまりません。A社は開発にあたって、「住宅建設時もどうしても必要な時のみここを通します。」と、役所にも言ってあるのに、現場には伝わっていないようです。


紳士協定が守れる会社でない事はよくわかっているので、役所の方にお願いしました。直接、A社と
話す気にはなれない。A社の社長さんはこの実態をわかっているのでしょうか・・・?
以前に、話し合いの申し入れをした時も、代表取締役社長宛てにファックスを送ったら担当部長が慌てていましたが・・・。すべてがきちんとしていないので困ります。


今日は昨日ほどは通行量がないと思っていたら、先ほど1台のトラックが猛スピードで現場の方から走ってきて、我が家の真裏で、ごう音と共に急停車し、走り去りました。ゴルフ場の関係者も音に驚き見に来ていました。

猫でも轢いたのかと思い、飛び出しましたが、そうではなかったようで、理由はわかりません。
しかし、道路にはくっきりとタイヤ痕が6箇所残っていました。


建築工事は、この先、何年続くかわかりません。その後も、車、バイク、人は行きかうのです。
道路とはなんでしょう・・・?
静かな生活とは無縁になってしまいました。
東京へ行ってきました。夫の会社の創立50周年の会に出席するためです。
以前にも行く機会はありましたが、今回は定年と言う事もあり、珍しく夫の誘いもあって、初めて出席しました。


設計事務所ですので、病院設計も多く、長野県の諏○中央病院もその一つとなっております。その繋がりで、テレビ、書物などでも名前の知られている名誉院長の 鎌○ 實 先生の講演があり、お髭の素朴な外観に加えて、情熱的な強い信念をもたれている方という印象を受けました。

また、緑いっぱいの中の病院の庭で、末期の癌患者が、読書をしたり、お茶を飲んだり、点滴を受けたりして過ごしている様子も紹介され、私も予約をしておきたくなりました。

とにかく、粗野な我が夫とは違った、ちょっとアカデミックなパーティ、二次会と続き、定年を迎えてから、夫の会社の真の雰囲気を知りました。

もう一つ驚いた事に、夫のファンがいる事を発見。 私に告白をされる方もいて、個性の強い夫の味方もいるのだとほっとしました。

翌日は東京ミッド○ウン、サン○リー美術館、国○新美術館でピカソ展、二紀展を観て建築、絵画などの文化に触れてきました。


非日常的な二日間でしたがちょっとおもしろかったです。

葬儀

隣のご主人が亡くなられました。昨日が葬儀。

実家の父と同じ病気だったので、入退院の様子などよく話していました。 
野菜作りや、釣りが好きな方だったので、収穫物を何度もいただきました。

葬儀も最近は自分流になって、スーツを着て、ネクタイを締めて、棺に納まっておられました。
私は初めて見ましたが、白装束のイメージと違って、おしゃれなおじいちゃんの旅立ちという感じでした。

弔辞も大学生のお孫さんが 「じいちゃんは僕の目標です・・・・・・。」と、立派に述べられました。
赤ちゃんの時から、かわいがり、期待してきた孫がとっても立派に挨拶ができるようになって、
ご本人にとって一番嬉しい弔辞ではないでしょうか。

とにかく新しい斎場だったので、雰囲気があまり重苦しくなくて、こういうのもいいな・・・・。と思いました。

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